不妊鍼の実際 - どこになぜ鍼をするの?
回答、解説:田中秀明
Ph.D. R.Ac. R.TCMP (カナダ、オンタリオ州)
筑波技術大学、鍼灸学科、客員研究員
The Pacific Wellness Institute、Clinical Director
更新:2016年12月
Q: 不妊に対する鍼治療の際は体のどこにはりやお灸をするのですか?
A: ツボは全身にありますが伝統的に不妊症に効果があるとされている経穴のほとんどは、腰部、仙骨、下腹部、そして下肢内側に集中しています。
解説:月経周期や個人差により使用するツボは異なります。全身調整のため頭、腕、首などのツボに鍼をする場合もあります。
子宮や卵巣に刺激をあたえる目的で鍼を行う場合は腰、臀部、お腹(おへそから恥骨上部)、膝から足首の内側が主な施術範囲になります。これらの領域(T10-L2およびS2-S4デルマト-ム)は、解剖学的観点からも卵巣や子宮と密接な関連性があることが示されています[1]。
Q: 腰や足に鍼を刺すことでどうして子宮や卵巣に影響があるのでしょうか?
A: 体表の特定部位が子宮や卵巣と神経で繋がっているからです。
解説:例えば胃が悪いときは背中の真ん中あたり、狭心症では肩から腕にかけて、子宮内膜症や生理痛のひどい人はお腹のみでなく腰から大腿部にかけても痛みがでることはよく知られています。これは特定の内臓器と体表が神経で繋がっているからおきる現象で、生理学では関連痛として知られています。また、内臓の異常が反射性に筋肉等に発現する場合は内臓ー体性反射と呼ばれています。
逆に特定の体表部位(皮膚や筋)を鍼や灸などで刺激をあたえると対応する臓器機能に影響することがわかっています(体性-内蔵反射)[2, 3]。この生理的反射現象を応用することで内臓を直接刺激することなく、関連体表部位を刺激することで機能改善が期待できます。体性-内蔵反射は鍼灸の重要な治効理論のひとつとなっています。
ちなみに米国の泌尿器科医のあいだでは足首付近にあるツボ(三陰交-太渓)に鍼を刺して低周波電気刺激をあたえる治療法が頻尿(過活動膀胱)の患者へ応用されており成果をあげています[4]。Neuromoduration Therapy(神経調節療法)の一種と位置づけられていますが、これも体性内臓反射理論を応用した鍼治療の一例です。
生殖器では動物やヒトを用いた実験研究において、下肢、腹部、腰仙部の皮膚又は筋への刺激で子宮や卵巣の血流へ影響をおよぼすことが示されています[5-10]。臨床的には、子宮や卵巣関連部位を単に刺激するのではなく、ゾーン内(T10-L2およびS2-S4の皮膚分節)に位置している不妊の伝統的ツボ(経穴)を選択的に刺激することで、より効果が期待できると考えています[11]。
Q: 以前通っていたところでは、仰向けで主にお腹と足のみ鍼をやっていましたが、背中にもうつのですか?
A: からだの表(前面)と裏(後面)にあるツボ、両方とも刺激したほうがより効果的です。
解説:Part 3で触れているドイツ式IVF鍼プロトコールでは背部のツボは含まれていないので仰向けのみです。また、中医学で用いられる代表的な不妊のツボもどちらかというと体の前面に位置しています。
からだの片面(仰向け)のみの治療でも十分な効果が望める場合は多くあります。しかし、前述のように解剖生理学的観点からは、寧ろ体の背面に生殖機能に重要なツボは多くあります。前後両面からアプローチするのがより効果的と思われます。
また、同じツボを用いても治療時の体位によって異なる自律神経反応が起きる場合があることもわかっています[12]。Pacific Wellnessでは通常、仰向け、うつ伏せ(又は横向き)、座位と3つの治療体位で様々なツボへアプローチします。治療の終了間際に座位で手首付近のツボに行う鍼刺激は副交感神経反応を主体とした自律神経反応を高めることが研究で示されています[12-14]。
Q: 不妊以外の症状へも対応してもらえますか?
A: もちろんです。心と体の様々な不調の改善が妊娠しやすい体づくりの第一歩となります。
解説:不妊に悩んでおられる女性はストレス、うつ、不安症、疲れやすい、不眠、便秘、お腹の張り、冷え性など他の症状でもお困りの場合がとても多いです。漢方医学の観点からはこれらは、気滞、気虚、寒、瘀血(おけつ)といった病態を示唆しており、いずれも不妊と密接な関係にあります。これら心と体の様々な不調の改善が妊娠しやすい体づくりの第一歩となります。
したがって、腰やお腹の不妊症のツボに加え、自律神経系を調節し、リラックス効果が期待できる頭部、首、肩、腕などのツボも使用し症状や体質に合わせた全体的治療を行います。
なお、時と場合によっては、あまりツボを分散させずに焦点を絞った治療が必要な場合もあります。
Q: 針は痛そうで不安なのですが?
A: Pacific Wellnessでは日本で製造された非常に細い針(毛鍼)を使用しています。はりを入れる深さも通常1~2ミリ程度と浅く、なるべく痛みのない治療を心がけております。
解説:太い鍼を深く刺して強めの刺激をおこなうと血管運動を司るアルファ受容体系の交感神経が作動し末梢の血管が収縮してしまいます。また、ストレスホルモンが過剰放出する場合もあります。頑固な慢性痛等には効果的な場合もありますが不妊治療、特に黄体期や妊娠初期にはあまり向いていない刺激法といえるでしょう。
Pacific Wellnessの不妊治療でもちいている繊細な鍼刺激は、末梢血流をゆっくり増加させ、リラックス反応を導くよう作用します。からだと心にやさしい治療方法であるため、妊娠初期にも安全ですので安心して治療をお受けください。鍼治療の詳細については、このページをお読みください。
Q: どのくらいの頻度で通えばよいのでしょうか?
A: 週1回から2回、定期的に鍼治療を受けることをお勧めしています。
解説:最初の2〜3ヶ月の間は、定期的な鍼治療による累積効果でより妊娠しやすい体へと変化させていく期間です。Pacific Wellnessでは、月経周期(生理中、排卵前、排卵/着床前、黄体期・生理予定日前)に合わせた鍼施術を行っており、それぞれの期間中に定期的に治療を行うことでより効果が得られやすくなります。
なお、ある程度まで体質改善が認められたあとは、月のうちの数日間のみ(例えば排卵前後)にピンポイントで治療を行う場合もあります。
Q: 鍼治療を受けている期間中もし妊娠していたら?
A: 生理予定日まえは早期妊娠の可能性を想定し、それに応じた鍼施術をおこなっています。
解説:上でお示ししたとおり、Pacific Wellnessクリニックでは、月経周期(生理中、排卵前、排卵/着床前、黄体期・生理予定日前)に合わせた鍼施術を行なっています[11]。
受精卵の着床は通常排卵6日~9日前後ですので、その後は早期妊娠の可能性を想定したうえで治療をおこなっています。着床後・生理前の治療は下腹部等への刺激は避け、より繊細で軽い刺激を用いリラックス反応を導く治療が中心となりますので安心してご来院ください。
なお、この治療法はストレスホルモンの放出や子宮の異常収縮を抑制する作用がありますので早期流産経験者の妊娠初期~12週目までの治療法としても適しています。
Q: 排卵後に気をつけたほうがよい生活習慣等はありますか?
A: あまり神経質になる必要もありませんが、激しい運動などは控えたほうがよいでしょう。
解説:卵管で受精した胚は、排卵後約6~9日で子宮へ到達します。妊娠早期はまだ着床が不安定な時期なので激しい運動などはなるべく控えたほうがよいでしょう。詳しくはPart 3の「胚移植後は特に日常生活で気を付けるべき点等はあるでしょうか?」の回答に倣ってください。
Q: 灸は効果がありますか?
A: 「鍼灸」という用語に表れているように鍼と灸は古来より対で用いられてきました。併用することで十分な効果が得られます。
解説:筋肉痛などには鍼だけでも効果がある場合もありますが、婦人科疾患を含め内蔵の不調には灸を併用した方が効果的です。
Pacific Wellnessの不妊自然療法プログラムには灸が必ず含まれています。
灸(温灸)の主な効果はツボを温めることでおこる血行促進作用です。直接肌につけない関節灸の一種である棒灸を用いた灸療法は、まろやかな心地よい熱さですのでリラックス効果もあります。冷えの改善にも効果的ですので冷え性でお悩みの方には特にお勧めです。また、遠赤外線ランプでからだの一部を温める場合もあります。
Q: Pacific Wellness の不妊自然療法プログラムでは鍼と灸のほかに通常何が含まれますか?
A: 多くの場合、AcupressureとHRV呼吸運動をおこないます。
解説:Acupressure(指圧)を血管拡張作用のあるドイツ製のハーブクリームを用いて短時間、特定領域のみおこないます。
ツボは刺す(鍼)、温める(灸)、押す・撫でる(指圧・マッサージ)など様々な方法で刺激することができます。刺激方法により特徴的な効果反応が起きる場合もあります。したがって、特定の重要ツボ領域に関しては鍼、灸、指圧とすべての方法で刺激をあたえることにで、より大きな反応が望めます。
HRV呼吸運動は心拍変動(Heart Rate Variability)をモニターしながらおこなう呼吸訓練です。応用生理学領域の研究では、ある特定のリズムで呼吸をおこなった場合、自律神経活動が高まることが分かっています。自律神経は心拍のみでなく、子宮や卵巣の血流をコントロールし、ホルモン系や免疫機能にも関わる重要な神経系です。
HRV呼吸運動と鍼との併用でPCOSによる生理不順や無月経などに対する正常な生理周期の回復に良い結果が得られています。この呼吸法は心臓から求心性神経を介し脳のホルモン制御器官である視床下部へ影響をあたえ、概日(サーカディアン)リズムや月経リズムなど生体リズムをアジャストするよう働くのではないかと考えています。
Pacific Wellnessでは、心拍変動をモニターし鍼と呼吸運動で意図した通りの自律神経反応が賦活されているか確認しながら施術をおこなっています[15, 16]。
Q: 漢方薬はどうでしょうか?
A: 鍼灸と漢方薬の併用で相乗的効果が期待できます。
解説:慢性疾患を抱えておられる方や冷えや瘀血(局所循環障害)がひどい場合などは漢方薬を併用したほうがよい場合があります。また、鍼灸のみで十分な効果が見られないような場合にも漢方薬併用を検討してみましょう。
体力、気力が落ちている場合は人参や黄耆などが配合された補気剤、月経量が少ないなど血が不足している場合は当帰などが配合された補血剤に属する方剤を用います。また、古い血の停滞が見られる場合は桃任、牡丹皮などが含まれた血管を拡張やうっ血改善作用のある方剤を用います。熱や冷えをとる生薬や精神鎮静作用のある生薬を調合する場合もあります。
実際には複数の病態が混在している場合が多いので、頻用される漢方処方には通常異なった作用のある5~15種類くらいの生薬が配合されています。東洋医学的所見(脈、舌、腹診)を勘案し、症状、体質に合った漢方方剤を処方いたします。また、場合によっては違う種類の漢方方剤を生理周期に合わせて処方する場合もあります[17]。
漢方薬処方はPacific Wellnessの不妊自然療法プログラムにはスタンダードで含まれていません。オプションとなりますのでご希望の場合はこちらの漢方フォームへのご記入をお願いします。追って相談日の予約につきご連絡いたします。
Q: Pacific Wellness の不妊自然療法プログラムについて詳しく教えて下さい。
A: こちらのページを参照してください。
不妊と鍼灸 Q & A
パート 1: 鍼治療は不妊症に効果的なの?
パート 2: 不妊鍼の実際 - どこになぜ鍼をするの?
パート 3: 鍼治療と人工受精(IUI)または体外受精(IVF)など高度生殖医療(ART)の併用について
このよくある質問のオリジナルバージョンは、2002年にacupuncture-treatment.comにアップロードしました。また、2014年アップデート版はacupuncturemoxibustion.comに掲載しました。このQ&Aはオリジナルの英語バージョンを抜粋し日本語で加筆、訂正したものです。
2016年12月
文献
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